大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)18号 判決 1962年5月24日

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人らの上告理由第一、二点について。

被上告人を原告、上告人ら夫婦の次男である中原昭を被告とする徳島地方裁判所昭和二四年(ワ)第一七六号損害賠償請求事件につき、昭和二六年八月三日中原昭は被上告人に対し金五〇万円を支払うべき旨の給付判決が言い渡され、該判決は一審限りで確定したこと、その後昭和二八年五月三日中原昭は死亡し、上告人らはその相続人として右債務を承継したこと、被上告人は上告人らに対し右確定判決に基づき強制執行をなすべく、昭和三三年一月一四日の右債務名義につき承継執行文の付与を受け上告人覚所有の全不動産につき強制競売の申立に及んだこと、右確定判決は、被上告人が中原昭の自動車運転上の過失に因り負傷させられ、その結果家業たる荷馬車挽ができなくなつたものとされ、被上告人が荷馬車挽を継続していたとすれば得たであろう利益の喪失をホフマン式計算法により算出して金五〇万円の支払を命じたものであること。-以上は原判決が当事者間に争ない事実として、あるいは証拠によつて確定した事実である。

本訴は右強制執行に対する民訴五四五条に基づく請求異議の訴であつて、その理由とするところは、被上告人の前示負傷は右判決確定後回復し昭和二八年頃には電話を架設して荷馬車挽営業を自ら堂々と営んでいるから、右確定判決はもはや事情の変更により執行に適せざるに至つたものであり、このような判決に基づき強制執行をなすのは権利の濫用であり、一面信義誠実の原則にも反するものである旨主張するものであるところ、原判決は、被上告人の負傷が前記判決確定後回復し被上告人が荷馬車挽営業を営むことができるに至つている旨の上告人らの主張は、ひつきようするに前記確定判決において認定された被上告人の負傷の程度、労働力の喪失による得べかりし利益の喪失を争い、結局前記確定判決において確定された被上告人の中原昭に対する損害賠償請求権の存在を否定するに帰着するものであるから、かような主張は判決の既判力理論により判決確定後において許されないのは勿論、また民訴五四五条二項にいわゆる口頭弁論終結後に異議の原因の生じた場合にも該当しないものである。故に本件異議の訴はその理由ないものであつて、排斥を免れないものである旨判示していることは原判文上明らかである。思うに、確定判決上の権利と雖も信義に従い誠実に行使すべきであつて、これを濫用してならないことは、多言を要しない筋合であるところ、前記判決において被上告人が中原昭に対して認められた損害賠償請求権は将来の営業活動不能の前提の下に肯定されたのであるから、もし被上告人の前示負傷が上告人ら主張のように快癒し自らの力を以て営業可能の状態に回復するとともに、電話を引きなどして堂々と営業(その規模内容は論旨が特記している)を営んでいる程に事情が変更しているものとすれば、しかも一方において上告人ら主張のように中原昭は右損害賠償債務の負担を苦にして列車に飛込自殺をするなどの事故があつたに拘らず前記判決確定後五年の後に至つて昭の父母である上告人らに対し前示確定判決たる債務名義に執行文の付与を受け突如として本件強制執行に及んだものとすれば、それが如何に確定判決に基づく権利の行使であつても、誠実信義の原則に背反し、権利濫用の嫌なしとしない。然るに原判決は叙上の点については、何ら思を運らした形跡がなく、ただ漫然と判決の既判力理論と民訴五四五条二項の解釈にのみ偏して本件を解決せんとしたのは、到底審理不尽理由不備の誹りを免れないものと言わざるを得ない。なお、原審は、大審院が昭和一五年二月三日の判決(民集一九巻一一〇頁)においてなした「……斯ノ如キ債務名義ニ因リ無制限ニ上告人ニ対シ強制執行ヲ敢テスルコトハ不法行為ニ属スルコト論ヲ俟タザルトコロナリ。民訴五四五条ガ異議ノ訴ヲ認メタルハ、不当ナル強制執行ノ行ハレザランコトヲ期スルモノニ外ナラザルヲ以テ、判決ニヨリ確定シタル請求ガ判決ニ接着セル口頭弁論終結後ニ変更消滅シタル場合ノミナラズ、判決ヲ執行スルコト自体ガ不法ナル場合ニアリテモ、亦異議ノ訴ヲ許容スルモノト解スルヲ正当ナリトス」云々との判示に深く思を致すべきである。

されば、論旨は結局理由あるに帰し、原判決は叙上の点において破棄を免れないものと認める。

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例